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PM11:35

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交遊会の帰り道にて










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写真交遊

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旭川の写真屋さんでおこなわれた交遊会に参加させていただきました。

そのような場所に参加させていただいたのは 初めての事で楽しい時間でした。




晴れた朝


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  撮影 美瑛町










いつもいつの時も

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いつも そこにあり続ける

そんな偉大さってあると想う








綿雪舞う夕暮れ

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撮影 美瑛町






続・寺島洋品店

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写真を撮る目的で あちこちに出かけるのだけれど

そのいつの時も 便利なのがコンビニ。

たいていの街に それはある。


赤平市に着いたのは お昼前だった。

朝は 美瑛町近郊の水辺で撮影していたこともあり

冷えた体を温めるため あたたかな昼食を摂るため

カメラマンの基地(?)とも呼べるコンビニに まずはピットイン。


購入する商品を 迷っている素振りで 店内をウロウロ。

日常では考えられないほどの厚着という あやしげな風貌で。。


その間に店内の暖房のきいたあたたかな空気を 十二分に吸い込んでおき

氷点下の街をさまようためのエネルギーを 心身にチャージするというわけ。。


そしてシャッターの閉まった寺島洋品店のまえで おじさまに出逢ったのは そのすぐ後だった。


「若いもんは みんな巣立って行った。。」とおじさま

街のお店の数も ずいぶん減ったと言う。。たしかに シャッターに閉ざされた店がかなり多かった。


酒屋商店 焼肉店 民宿。。


だけれど おじさまは「巣立って行った」と言った。

ともすれば 若者は大きくなるとともに 街を出て行き

その結果 また一つまた一つと 店のシャッターは閉ざされたに違いなく

そこに 過疎という2文字が浮き彫りになっていったに違いない。


ただ 私の目の前のおじさまは そうは言わなかった。


若者は 巣立って行ったのだ。。

この街から 巣立って行ったのだ。。


そして 「店は減ったけど コンビニはできたなぁ。。時代だなぁ。。」

とおじさまは さっきのさっきまで そのコンビニに 

どっぷりお世話になっていた 私の顔をみながら笑みを浮かべた。。


そして「飲み屋さんも 少なくなっちゃいました?」と 

明らかに若い女性は 聞かないであろう質問をする 私。。すると


「飲み屋はスタレれんなぁ ハッハッハ」


と おじさんは高笑いで

三十路を とうに過ぎた私も一緒に高笑い。


私は その「飲み屋」に灯りがともる光景を見たくなった。

夜のトバリがおりて 昼間よりかなりシバレてきた街を彷徨う。


街に夕刻を告げる時報がなり

所々の家の窓に 灯りがともりはじめ

肩をすくめながら その家路を足早にたどる人影と

街を見下ろす高い空には やさしげにひかえめな三日月の姿


そして 探し求めた飲み屋さんは メイン通りに面して そこにあった。

だけれど その看板に まだ灯りはともっていない。

壁から突き出た石油ストーブの排気口からは 煙がでており 

おじさまの「スタれてない」の言葉を証明していた。


開店準備をしているであろう店内は きっとあたたかいに違いない。

ちょいと薄着で キラビやかな おねーさんがいたりして。。

そう想像するだけで 冷えきった私の体はあたたまる。。訳は無く。。


看板の灯りがともる夜更けまでは 待てない私だった。。が

とある板べい造りの家に 灯りがともっているのを みつけた。

今もそのような古い家に主が住んでいるのは 

この街では 一軒だけとおじさまが 言っていたのだ。


その家の灯りに安心を覚え 私は 家路についた。。






寺島洋品店

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赤平市に行って来た。

私の住む美瑛町からも割と近く かつて炭坑で栄えた街だ。

駅員不在の駅の駐車場に車を停め カメラを片手に外に出る。

ほどなくして 巾着袋を持ったおばさまが 電話ボックスに入り

公衆電話を使い始めた。この光景を目にしたのは 何年ぶりだろう。。

美瑛に比べ街の中を歩いている人の多さに気づかされる。。

その反面 街のほとんどの店は シャーターが閉まっており その光景は今日だけの事ではなさそう。

手書きで書かれたような看板が印象的な洋品店も 青と言おうか緑と言おうかシャッターがしまっている。

その店の前を小型の重機が雪かきのために 右に左にと往復をしている。

しばらくすると作業が終わったようだったので

店にカメラを向けていると さっきの重機からおじさんが降りて来た。


「古い建物撮ってるのかい?」


街の写真を撮るという行為が 不快におもわせてしまったのかと すこしドキドキした私だったが 

御歳70歳ほどのおじさまは 意外にやさしげな笑顔だった。


そして この街にある古い家に 今も主が住んでいるのは一軒しか無いことや

この建物は 旧の郵便局だとか あの赤い屋根は昔の炭住(炭坑住宅)だとか

色々教えてくれた。そして 昔はこの辺りのほとんどに炭住が立ち並んでおり

石炭は会社から配給されるし 電気、水道はただで使えたんだと。。

「だから 昔はイカッタんだ。」

とおじさまは 下向き加減で笑った。


そして 洋品店のおばあちゃんが亡くなったのは 去年の11月の事だった事も教えてくれた。。

90歳だったそうだ。

築60年ほどだという建物は 最初は産婆さん そして古本屋 そして洋品店と その肩書きを変えたらしい。

その過程で所々リフォームをされている印象だけれども

未だに壁は板べいという断熱が優れない造りのため とにかく 冬は寒く

その為 四十九日を過ぎた先日 亡くなったおばあちゃんの息子さんが 仏壇を自分の家へと運び出したとのことだった。


しばらく 氷点下の道ばたで この街のストーリーに触れさせてもらったが


「まぁ がんばって」


と言い残し おじさまはまた重機に乗って 去っていった。

そして 重機が見えなくなって想った。

おじさまは この洋品店のお隣さんだったりほんのご近所って訳ではなかったのだ。

それなのに こうして重機を持ち込んで雪かきをしてあげていたのだ。

きっと 誰に頼まれた訳ではないのだろう。。 

ただ 雪やこの冬にこの洋品店が埋もれていってしまうことは 

おじさまの心の風景には なかったのだろう。。


日が沈み 所々の家の窓に あたたかな灯りがともりだした。


人気が無く その窓に灯りが二度とともるはずのない旧郵便局。

しかし その外観を路肩の街灯が この街の風景に照らし出していた。。

写真物語

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カメラマン仲間が講師を務める モノクロ暗室教室を受講し

「モノクロームの旅路」松田戸敏美著を読んだ。。

そして 「写真がもっと好きになる。」菅原一剛著を読んだ。。


写真の事しか考えられなくなりそう。。





哀感

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「哀感」という言葉があるらしい

この歳まで この言葉を知らないのは 恥じるべきことと存ずるが。。

当のわたくし本人は 新年早々いい言葉に出逢えたと ややテンション高め。


写真の撮り手として この「哀感」とともにありたいと想う

そして その切り撮る物語りのなかでは 「哀」のとなりに「愛」をそえていたい

それが ぬくもりとなって 

見る人のこころに届く事を 願いながら。。










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撮影 美瑛町

木々の詩

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撮影 東神楽町








北の国から

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新年あけましておめでとうございます。

本年も よろしくおねがいいたします。







プロフィール

ごとうかなこ

Author:ごとうかなこ

神奈川県生まれ
中学生の頃から写真に興味を持ち、26歳で北海道に移住。現在は美瑛町在住。
(株)フォトシーズン勤務を経て、カメラマンとして撮影に携わる。

mail:kanakogotoh@gmail.com

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