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ほのぼのの光景

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撮影のお仕事に向かう途中で コンビニに寄ると

海外からとおもわれるロケ撮影隊に遭遇。

その花嫁さんが かわいかった。

スソが長いとおもわれるドレスを自分の両腕に

がっぱりと抱えてらっしゃる。


人生最良の写真を撮るために 

着飾って ヘアとメイクもプロが仕立ててるに違いないのに

普段のナチュラルな彼女らしさが 垣間見えて 

そのことが 私の目には 美しくうつった。。


なんだか ほのぼのとし

元気をもらった気がする。








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処方箋


5月の末に 不整脈の治療のため カテーテルアブレーション手術というものを受けた。

今日は その後の診察の日で 病院に出かけて来た。


普段から薬ぎらいだし 病院という建物に足を踏み入れると 気が重く やや体調がわるくなる。

なぜなのかは 過去の記憶の中に なんとなく。。いや、わりと はっきりとある。

もう そこからはたいぶ経つのだけど。。記憶とは こわいものである。

そして 待合室の空気の重さが。。 あたりまえだけど 重い。


今日、私の隣に座っておられた おばあさまは とてもキャシャな方だった。

そして 身体がしんどいのであろう。。

そのうちに 待合室の長椅子に その細い身体を 横たえておられた。。

隣にいるも 何をして差し上げれるわけでも無く。。

気持ちだけが 同調してゆく。


と、診察への呼び出しアナウンスが 私の名前だった気がした。

だけれど よく聞こえなかった。

受付の方に「呼ばれました?」と聞くと

わざわざ 確認をとりに行ってくださった。

が「まだ 呼ばれてないようです」と回答がかえってきた。

忙しそうな受付の方の手を わずらわせてしまった。。


はやく はやく 病院から向け出したい衝動にかられる。。


しばらくして 本当に私の名前が よばれた。

診察室のドアを スライドすると 手術でお世話になった主治医の先生の姿。

どこか 安心を覚える。。

手術は 局所麻酔だったので 私には手術中の記憶がある。

先生は 本当によくして下さって。。

薬ぎらいで 痛み止めを拒み続けるという 私のような厄介な患者に 

苛立つわけでもなく 説得するわけでもなく

私の意志と 私自身を尊重してくださった。


過去の記憶とは あきらかに真逆。。


ありがたかった。

感謝だった。


医療チームの みなさんも 私のようなものに 一生懸命に 色々して下さって 本当に感謝だった。


ちゃんと生きなきゃと想った。

身体が元気なうちは 元気に前向きに 生きなきゃと想った。


そのための 色々な選択も必要だと想った。


私の薬ぎらいを知る先生は 処方箋を書くことはなく

最後に「また なにかあったら受診してください」と言ってくださった。


あらためて 感謝の想いが あふれるものの

上手く言葉には出来ない自分のまま 診察室をでてきてしまった。



会計の順番待ちで また 椅子に腰掛ける。

10分経っても 20分経っても 呼ばれない。

スタッフの方に確認をすると

もう とっくに呼ばれたとのことだった。。








チープ広石を送る会 2

チープさんの息子さんと 我が家の長男が同い年だという事は 

生前のチープさんから聞いて知っていた。



夕張からの 帰路に着いた後 ひどく痛んだ腰のアンマを 息子に頼んだ。

すると 寝転んだ私の腰を押しながら 息子が。。


「昨日 寝れなかったさぁ~」


と突然に言い出した。

普段は バタンキューの息子だけに 少し心配をし、


「あら どうしたの?」と聞いてみると


「足が冷たくって。」

「だから 月見てたさ。カーテン開けて 月見てたさぁ」


とのことだった。。


言葉にはしなかったが 心の中で アンタはしあわせだ。。

寝れない理由が 足が冷たいと理由で アンタはしあわせだな。。とつぶやいてしまった。





送る会の冒頭で「セイム・オールド・ストーリー」~20年目の訪問者~というドキュメンタリー映画が上映された。


人気ロックバンド「LOOK」のサックス奏者だったチープ広石さんが 

過去の想い出の地を訪れ 自らの20年を振り返るというストーリー。



チープさんの奥様は 我が家の長男同様 この春に中学生になったその息子さんを 

送る会の会場に お連れにになっていた。

その理由を 「普段から 家を空けがちなパパなものでしたから ここ北海道にも 

もうパパはいないんだという事を 確認してもらうため」と 自らの口から 会場にお伝えになった。。


13歳の その胸の悲しみは 果たして悲しみと呼べるものなのだろうか。。

同じ年齢の子をもつ母としても 想像するに余り有る。



映画の中で チープさんは 「20年ってなんだろうね。」という言葉を 笑顔で口にしている。



息子さんは 20年後 33歳。

社会で立派に 大人をしているのだと想像する。

結婚もしているだろうか?

パパにはなっているだろうか?



もしかしたら いつの日か 父の面影 父の残したものを たどって 

映画のチープさんと同様に 旅に出るのかもしれないと

勝手に 想像を馳せる。





だけれど それだけのものを チープ広石さんという人は 確実に 残している。




でも 生きるということは 

そういうことなのかもしれないとも 想った。




チープさんが愛し 愛された北海道。

この土地に チープさんの笑顔は これからも 有り続けるに違いないと想う。


その笑顔に 息子さんやご家族が笑顔で

笑顔で 再会できる日が 時の移ろいと共に訪れることを 心で祈る。。












チープ広石を送る会 1





笑った時の白い歯が 印象的な人だった。



先月 訃報を聞いたとき 

私は 信じまい。。と 想った。

東京で 葬儀が行われても なお

信じなければ チープさんは ずーっと これからも存在し続けてくれる。

そう 想った。




元LOOKのメンバー、そして JUNCO&CHEEPとしても活躍されたミュージシャンの

チープ広石さんの送る会が 今日 夕張でおこなわれた。



今から おもえば 私が初めてチープさんに お会いしたとき

もう すでに 病と共にあった訳だけど

それでも 精力的にアーティストとして 活動をされていた。


以前に JUNCO&CHEEPのスタジオでの写真撮影に

カメラマンアシスタントとして 同席させて頂いた事があった。


表現者、アーティストが カメラの前に立つという事、写真を撮られるとは どういう事なのか

だからこそ カメラマンは 何をすべきなのか

撮られる者と 撮る者が どう有るべきなのか その関係性

それを お教えてもらった気がする。


そして 今 カメラマンの肩書きを名乗っている 私自身のなかで

その経験は とてもとても 大きい。


普段 プロのアーティストの方よりも 一般の方を撮らせて頂く事が 

断然多く それがほとんどな訳だけれど

一般の方が チープさんのように カメラの前で振る舞ったりする事は無い。

いや 正確には それが出来るわけがないのである。


でも 撮らせて頂く そのものは きっと一緒な訳だから

だからこそ カメラマンとして 自分は なにをすべきなのか

それが 自分自身のなかに 今 明確に存在している。

これは カメラマンとして きっと財産だ。



ありがとうございました。。チープさん。


今、 ありがとうありがとうございました。。チープさん。


そして おつかれさまでした。チープさん。



今 やっと言える気がする。





JUNCO&CHEEPの JUNCOさんとは 私は 同い年。

それだけに 普段から勝手に想いが あふれてきてしまう部分があるのだけど


JUNCOさんは 今日のステージで 涙をみせなかった。

ただの一度も涙をみせなかった。

ましてや 涙で歌えなくなるとか。。歌の途中で感極まってしまうとか。。

なかった。



その姿に 私は 胸が痛く、ひたすらに 涙だった。

JUNCOさんの チープさんへの想いと感謝が そこにあった気がする。



チープさんが 心配をしなくていいように。。

今までの 感謝を伝えるべく

ちゃんと ちゃんと アーティストとして このステージを努める

そして 「私は大丈夫」そうチープさんに 伝えているかのようだった。



2人の絆が そこにあった。。




送る会が 幕を閉じ

会場のロビーでJUNCOさんが お客さんを見送っていた。

そこでもJUNCOさんは 涙は見せまいと 振る舞っていた。


私がJUNCOさんの前に すすむと

握手の手を差し伸べてくれ

そしてそのあと ハグというコミニュケーションで お互いがお互いに 想いを伝え合った。

そして ハグをしたまま JUNCOさんが 私に「写真 すてきだった。良い写真だった。」

そう ささやいてくれた。



なんのことか どの写真の事を 褒めてくれたのか

帰りの車のなかで 鮮明になった。


チープさんを失った悲しみは ずっとずっと JUNCOさんのほうが 大きいはずなのに 私は励まされてしまった。


同い年のはずなのに ただただ 大きかった。


ありがとう。。JUNCOさん。

ありがとう。。チープさん。

ありがとう。。JUNCO&CHEEP!













ごとうかなこ

本日 「ブログ見てます」と言われてしまった。


なんとも シマったことだ。


なにがシマったことかと言えば。。

ブログを始めて もう何年も経つのだけれど。。

今現在 自分自身にとって ブログとは はたまたブログを書くということは

自分が気が向いたときだけ 相手にしてもらう都合の良い相手のようなもので

なんとも 身勝手で自己中心的な利用の仕方をしているのものだから

読んでいただいている方がいる。。というアタマが 

こまったことに ない。

だからこそ 大変 申し訳なく シマったことなのである。


そんなこんなで 申し訳なくおもいつつも

ブログのauthorを KanakoGotoh から 

ここ最近 お仕事用で使っている ごとうかなこ に切り替えさせていただいた。

もっと ちゃんと自覚をもってブログに向き合うぞ!

という意志の表れなのか。。どうなのか。。


まずは 切り替えてみた。


この ひらがな表記での ごとうかなこ をお仕事や名刺に使い始めて 

2年ほどが経っただろうか。。

すこぶる安心感を覚えている。

なぜか。。

それは もう一人の自分だから。

素顔の自分を見られてはいないであろうという安心感。

素顔の自分は世間様に お見せしてしまったら気恥ずかしい

そんな自分がいるのだとおもう。


素顔のままの自分も認めてもらいたい

そんな願望も なきにしもあらずなのだけど

やっぱり それは止めておくことにする。


なのだけど キーボードがツムぎだす活字は

つい 素顔のままにまってしまったりとするわけで。。

それが あとから あちゃぱー と気恥ずかしくなるわけで。。



本日は そんな言い訳を記したなり。。


さて 明日以降 いかなることになるのやら。。


プロフィール

ごとうかなこ

Author:ごとうかなこ

神奈川県生まれ
中学生の頃から写真に興味を持ち、26歳で北海道に移住。現在は美瑛町在住。
(株)フォトシーズン勤務を経て、カメラマンとして撮影に携わる。

mail:kanakogotoh@gmail.com

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